十訓抄~琴柱~


【原文】
ある所に、女房あまたゐて箏弾くに、琴柱のはしりて失せたるを、
さるべき男もなければ、宿直人の見ゆるを呼びて、
「この前栽の中に、楓の木二俣にこれほど、しかじか切りて来」と細やかに教へ遣りつ。
はかばかしきことあらじといふほどに、切りて持て来たり。
簾のもとに寄りて「このかり琴柱参らせ候はん」と言ひ出でたるに、思はずにあさましくて、
「細々と教へつる、いかにをこがましく思ひつらん」と恥ぢあへりけり。


【語釈】
◯「箏」
十三弦の琴。当時「こと」は弦楽器の総称だった。

◯「琴柱」読み:ことぢ
琴の胴に立てて、弦を張る器具。

◯「さるべき男」
「さるべき」は重要語。①しかるべき、ふさわしい、②立派な、③そうなるはずの、などの意味を持つ。ここでは①。「用事を申しつけるのにふさわしい男」ということ。

◯「前栽」読み:せんざい
庭の植え込みのこと。読み方に注意。

◯「あさまし」
スーパー重要語。①驚きあきれるばかりだ、②情けない、の意味。ここでは①。


さんざん物事を教えた末、相手が最初から知っていたことが分かった時。

あの何とも言えない恥ずかしい感じ。「早く言ってよ…」というあの感じ。

最近味わっていませんが。

自分は味わわないですが、たまに見かけます。

芸能人のブログに「上から目線」でアドバイスをしているコメント。

ひょっとしたらただの素人ではないのかも知れませんけど。

まあ、でも見ていて「オイオイ…痛いよ、君」と思わざるをえません。

でも、そういう人はあまり自分のことを「痛い」とは思っていないのでしょうね。

お目出度きこと哉。


【現代語訳】
ある所に、女房が大勢いて、箏の琴を弾いていると、琴柱が飛び跳ねてどこかへ行ってしまったが、
しかるべき男もいないので、近くにいた宿直人を呼んで、
「庭の木の中から、楓の木で二俣になっているこれくらいのを、こんな風に切って来ておくれ」と細々と教えて行かせた。
たいしたものはできまい、といううちに切って持ってきた。
簾のもとに寄って「この仮の琴柱を差し上げましょう」と言い出したところ、女房は思いがけない見事さに驚きあきれて、
「細々と教えたことを、どんなにバカらしく思って聞いていただろう」と恥ずかしく思いあった。

 

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