アルジャーノンに花束を


海外の文学はあまり読まないのですが、ダニエル・キイス作《アルジャーノンに花束を》を読みました。

これは3月3日から11月21日までの9カ月弱の物語です。

 

チャーリイ・ゴードン(32→33歳)は先天的な知能障害を負っている主人公。

物語はすべてチャーリイの「経過報告/けえかほおこく」から成っています。

チャーリイが脳の外科手術を受け、天才になっていく物語。

 

この経過報告は最初誤字脱字だらけです。

僕が読んだのは小尾芙佐さんの日本語訳版で、最初はひらがなの誤字脱字まみれ。

原書はもちろん英語で、きっと凄まじいスペルになっているのでしょう。

 

そんなチャーリイが手術を受けたのが3月8日。

読者はチャーリイの変容を経過報告を通じて追体験していくことになります。

 

手術後最初の経過報告が3月11日。

今まで「けえかほおこく」だったのが急に「経過報告」と漢字になります。

いきなりか!とびっくりしますが、いきなりなんです。

書いている内容は手術前と大差なく拙いのですが、それでも微妙に違います。

 

もしおまえの頭が良くなったら話す友だちがたくさんできるからおまえわもうずーとひとりぼちじゃなくなるんだよ。

 

これはチャーリイが客観的に自分に向かって「おまえ」と話しかけている所です。

手術から3日で自分の客観視ができるようになりました。

3月12日には「時間の節やく」という概念が生じています。

 

3月13日にはチャーリイの憧れの女性アリス・キニアン先生が見舞いに来ます。

頭が良くなるにはうんと勉強しなくてはいけない、とアリスに伝えられたチャーリイは、

 

苦ろーして勉きょーしなくちゃいけないのだったらなんでしじつなんか受けるひつよーがあるんだろー。
(※しじつ=手術)

 

と、行動に対する目的を意識するようになり、

3月14日には、手術前にやっていた様々なテスト、更に経過報告の記述を「ばっからしい」と言います。

手術前は無批判にテストや検査を受けていましたが、目的が不明瞭な行動に嫌悪感を示します。

それからも早いスピードでチャーリイは覚醒していき、だんだん間違った言い方をしなくなり、

4月に入る頃にはかなりおかしな言葉が減ってきます。

5月には完全に天才となっていて、

5月15日の経過報告には

 

書物の一頁を吸収するのにほんの一秒もかからない

 

とあります。

 

高い知能を獲得するとともに、忘却していた記憶も蘇ってきます。

最初の本格的な記憶の復活は3月26日。

そこからチャーリイの悲劇が始まることになります。

読者は最初から想定していた悲劇ですが、

過去にどれだけ周囲の健常者からばかにされていたのかを知ることになります。

記憶はどんどん正確に蘇り、また遠い昔のものにまで届いていきます。

母親から愛されたかったチャーリイ、チャーリイを健常児として育てたい母親。

現実を受け入れている父親。

チャーリイにつらくあたる健常児の妹ノーマ。

 

知能は急速に高まり、記憶が徐々に蘇ってくると、精神年齢も徐々に高まってきます。

精神年齢の方は知能に比べると成長が緩やかなのでギャップに苦しむ時期もあります。

5月1日には憧れのキニアン先生と初デート。

しかし5月20日には長年勤めていたパン屋「ドナー・ベイカリー」を解雇されるチャーリイ。

従業員がチャーリイの変貌に畏怖の念を抱き、解雇されることになったのでした。

従業員ファニイ・バートンの言葉。

 

あんた、聖書を読んでごらんよ、チャーリイ、人間ってもんは、主がはじめに教えてくださったこと以上のことを知りたがっちゃいけないんだってことが分かるよ。あの木の実は人間がとっちゃいけなかった。

 

天才になり日が経つにつれ、孤独になっていくチャーリイ。

そして6月13日に研究の発表の場である国際会議にかり出されます。

もちろん心理療法と脳外科手術によって天才へと生まれ変わったチャーリイについての研究報告ですが、

ここでチャーリイは自分に対する治療・研究に過ちを見出し、

自分の知能が高いままでいられる時間があまり長くないかも知れないと気づくのでした。

 

7月9日、アルジャーノンが異常な行動をします。

アルジャーノンとは作品のタイトルにもなっていますが、ネズミの名前です。

チャーリイよりも前に実験として知能を高める手術を受け、天才となったネズミ。

6月13日の学会の発表時点で異常行動は報告されていましたが、

凶暴で常軌を逸した行動を取るアルジャーノンに、この後のチャーリイの結末が予想されます。

アルジャーノンはどんどん退行していき、

8月11日、チャーリイはアルジャーノンと自分に対する実験の欠陥を明確に捉え、こう結論づけます。

 

人為的に誘発された知能は、その増大量に比例する速度で低下する。

 

9月15日にはアルジャーノンが死に、9月17日からチャーリイは自分の退行現象を自覚します。

退行と言ってもそれはぼんやりするようになった、という程度。

しかし約1ヶ月後の10月15日、チャーリイは自分の記憶力と理解力が著しく低下していることに気づきます。

そしてここからの退行は急速に進みます。

手術後に急速に知能が高まったのと同様に。

チャーリイは手術によって高い知能を得ました。

同時に多くのものを失いました。

人工的に高められた知能が退行していくと、失ったものが少し彼の手に戻ってきます。

そして最後の経過報告が11月21日。

 

どーかついでがあったらうらにわのアルジャーノンのおはかに花束をそなえてやってください。

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