宇治拾遺物語~袴垂、保昌に会ふこと~②


~前回のあらすじ~
盗賊・袴垂が追いはぎをしようとして、笛を吹きながらゆっくりと歩いていく男に襲いかかろうとしたものの、一分の隙もなくて実行できないまま後をつけていました。


【現代語訳】
袴垂は「世にも珍しい人だなあ」と思って、十町あまり後ろをついていく。
「だからといってこうしていられようか」と思って、刀を抜いて走りかかった時に、
その時は笛を吹くのをやめて、振り返って「お前は何者だ」と尋ねると、
袴垂は呆然として、正気も失って、その場に座り込んでしまった。
また「どういう者だ」と尋ねるので、「今となっては、例え逃げてもまさか逃がしはするまい」と思われたので、
「追いはぎでございます」と言ったところ、「何者だ」と尋ねるので、
「通称、袴垂と言われております」と答えると、
「そういう者がいると聞いている。危険そうな、とんでもない奴だなあ」と言って、
「一緒について参れ」とだけ言葉をかけて、また同じように笛を吹いて行く。
この人の様子は、今や逃げても逃がすまいと思われたので、
鬼に魂を取られたかのようにして、一緒に行くうちに、家にたどり着いた。
どこかと思うと、摂津前司・保昌という人であった。
家の中に呼び入れて、綿の厚い衣一つをお与えになって、
「衣服が必要な時は、ここに参上してその旨を申せ。
気心も知らないような人に襲いかかって、お前、しくじるな」とあったのは、驚きあきれ、気味悪く恐ろしかった。
立派な人物のありさまであると、捕らえられた後、語った。


袴垂という盗賊に狙われた保昌ですが、実は保昌の弟もまた盗賊なんです。

藤原保輔という人物で、最後は切腹して自害しました。

資料で確認できる、日本最古の切腹の事例らしいです。

保昌はよほど盗賊に縁があるみたいですね(笑)


【原文】
「希有の人かな」と思ひて、十余町ばかり具して行く。
「さりとてあらんやは」と思ひて、刀を抜きて走りかかりたる時に、
そのたび笛を吹きやみて、立ち帰りて、「こは、何者ぞ」ととふに、
心も失せて、我にもあらで、ついゐられぬ。
又「いかなる者ぞ」ととへば、「今は逃ぐとも、よも逃がさじ」と覚えければ、
「ひはぎに候ふ」といへば、「何者ぞ」ととへば、
「あざな袴垂となん言はれ候ふ」と答ふれば、
「さいふ者ありと聞くぞ。あやふげに、希有のやつかな」と言ひて、
「ともにまうで来」とばかり言ひかけて、又同じやうに笛吹きて行く。
この人の気色、今は逃ぐともよも逃がさじと覚えければ、
鬼に神とられたるやうにて、ともに行く程に、家に行きつきぬ。
いづこぞと思へば、摂津前司保昌といふ人なりけり。
家のうちに呼び入れて、綿あつき衣一つを給はりて、
「衣の用あらん時は、参りて申せ。
心も知らざらん人にとりかかりて、汝あやまちすな」とありしこそ、あさましくむくつけく恐ろしかりしか。
いみじかりし人のありさまなりと、とらへられて後、語りける。


【語釈】
◯「さりとてあらんやは」
「さりとて」は「だからといって/そうだといって」。「あらんやは」の「やは」は反語を表す重要な文法事項。「あらんやは」で「(このようにして)いられようか、いや、いられない」ということ。

◯「ついゐられぬ」
「つい」は接頭語で「さっと」のニュアンスを添える。「ゐ」はワ行上一段活用「ゐる」の未然形で、「座る」の意味。「られ」は自発の助動詞。「ぬ」は完了の助動詞。

◯「ひはぎ」
「引き剥ぎ」の変化形。「引っ剥ぎ(ひっぱぎ)」ともいう。追いはぎのこと。

◯「鬼に神とられたるやうにて」
「鬼」は怨霊または鬼の意味。「神」はここでは「魂」の意味で使われていると言われる。

◯「前司」読み:ぜんじ/せんじ
前任の国司。

◯「あさましくむくつけく」
「あさまし」はスーパー重要語で「驚きあきれたことだ」の意味。「むくつけし」も重要語で「不気味だ」の意味。

◯「いみじかりし」
「いみじ」はスーパー重要語。「①非常に~②立派だ、素晴らしい」の意味を持つ。ここでは②。「し」は過去の助動詞「き」の連体形。

 

宇治拾遺物語~袴垂、保昌に会ふこと~①

 




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