源氏物語~夕顔~(11)


咲く花に移るてふ名はつつめども折らで過ぎうき今朝の朝顔
〔咲いている花に気移りしたという噂が立つのは控えたいものですが、手折らないままには見過ごしがたい今朝の朝顔ですよ。
―心変わりしたと噂になるのは困りますが、あなたにこのまま手をつけずにやり過ごすのは心残りなことです―〕

さて、どうしようか」

と言って中将の君の手を取りなさったところ、たいそう馴れた様子で、素速く、

朝霧の晴れ間も待たぬけしきにて花に心をとめぬとぞ見る
〔朝霧が晴れるのも待たない御様子で、見えてもいないのですから花にお心を留めてはいないと思われますが〕

と、女房という立場にある者の仕事として、恋の内容ははぐらかして返歌をお詠み申し上げたのでございます。

光る君にお仕えしている、好ましく、たいそう着飾ったかわいらしい子どもが、

指貫の裾を庭の草におりた露で濡らしながら分け入って朝顔の花を摘み取ってくる様子などは、

絵に描いておきたいほどの素晴らしい光景でした。

深い関わりもなく、ほんの少し光る君を見申し上げるだけでも、心を奪われない人はおりません。

風情など知るよしもない、山に住む下賤な人々も、桜の花のもとではやはり足を止めたくなるのでしょうか、

それと同じで、この方の光り輝くような美しさを見申し上げる人は、それぞれの身の程に応じて、

自分がかわいいと思う娘を側仕えさせたいものだ、と願い、

もしくは、なかなか美しいと思える姉や妹などがいる人は、

下女としてでも、やはり光る君のお近くに仕えさせたいと、誰もが思っておりました。

まして、何かしらの機会に光る君のお言葉を耳にしたり、心惹かれる御容姿を拝見する立場にあって、

少しでも物の情趣が分かる人なら、どうして光る君のことを何とも思わずにいることがありましょうか。

にもかかわらず、光る君から歌を詠みかけられても動じることなくかわした中将の君は、

光る君が、明けても暮れてもこのお屋敷では寛いでいらっしゃらないのを、心配なことに思っているようです。

※雰囲気を重んじた現代語訳となっております。


光源氏と、中将の君という六条御息所に仕える女房との贈答歌から始まります。

中将の君の和歌の解釈が難しいのですが、思うに、わざとあいまいに詠んだのではないでしょうか。

この歌についての非常に面白い論文がネットにあって(これ)、夢中で読んじゃいました。

古典文学の研究ってやっぱり面白いなあ、と改めて思った次第です。

 

光源氏も本気で声を掛けたのではなく、女も真に受けずにさらりとかわす。

実にスマートでかっこいい二人ですね。

 

まあとにかく、光源氏はこれで六条御息所の邸宅から帰ります。

そして次からまた夕顔の家の話に戻ります。

 

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