枕草子~正月十余日のほど~


一昨日は成人の日でした。

毎年、何か意味あるのかな、と思うのですが、法律によると、

おとなになったことを自覚し、みずから生き抜こうとする青年を祝いはげます。

という意味合いがあるのだそうです。

しかし、そんなのは知ったことではない新成人がどこぞで暴れた、というニュースが出るのも毎年のこと。笑

やっぱり意味ないよな、と思いますが、

貸衣装店・写真館・美容室・飲み屋さんなどにとっては売り上げUPにつながる貴重なイベントでしょう。

 

まあ成人の話はさておき、久しぶりの『枕草子』から季節にあった記事です。


一月の十日過ぎ、空がとても暗くて、厚い雲が覆っているように見えつつも、
もう春だからさすがに太陽の光が明るい日に、
低い身分の人の家の、土もきちんと整備されていない荒れた畑で、
片側は日影でとても暗く見えて、もう半分は日に当たって色濃くつややかな赤に見えている、
若い枝がたくさん伸びた桃の木に、
どこかに引っかけて破った狩衣を着て、髪はちゃんと整えているほっそりした子が登ると、
紅梅色や白い着物の裾をまくった少年や、
袴の裾をたくし上げて深い靴を履いた少年が木の下に立って、
「僕に毬打の杖にする枝を切って」なんて頼んだりしていると、
そこにまた髪の綺麗な少年で、下着はところどころほつれていて袴もくたびれているけれど、
良い袿を着た三、四人がやって来て、
「卯槌にするのに良い木を切って落としてよ。ご主人様の分も」などと言って、
桃の木に登った少年が枝を切り落とすと、奪い合いになり、木の上の少年に向かって
「僕にたくさんちょうだいよ」とか言っているのは何ともかわいいのよ。
また、黒袴を履いた男の子がやって来て、自分にもとねだる時に、
「待てよ」なんて言うと、下で木を揺らして脅かすものだから、
木の上の少年は猿みたいに枝にしがみついて叫んでいるのもおかしいわ。
梅の木に実がなった時なんかも似たような感じよね。


という短めの章段です。

たった二文で構成された章段なのですが、一文目が長いのなんの。笑

こういう文は訳しにくいです。(;´ρ`)

桃の花に群がる子ども達の情景です。

桃の花は写真でしか見たことがありませんが綺麗ですよね。

春の苑紅にほふ桃の花下照る道に出で立つ乙女

なんていう大伴家持の歌も『万葉集』にあります。

桃には邪気を払う力があるとされ、そこから「桃太郎」のお話もできています。

 

さて、耳慣れない言葉がいくつか出てきましたね。

「毬打」は「ぎちょう/ぎっちょう」と読むようです。(; ̄Д ̄)なんですと?

お正月のこどもの遊びだそうで。

三省堂「詳説古語辞典」によると、

つちの形をした杖つえで毬まりを打ち合う、正月の子供の遊び。また、その杖。

とのことです。

同辞書には、「年中行事絵巻」に描かれている絵図も掲載されています。

同じものがネットにもありました。(こちら

 

それから「卯槌」ですが、これは「うづち」と普通に読みます。

同じく三省堂「詳説古語辞典」によると、

陰暦正月の初めの卯の日に、糸所いとどころから朝廷に贈られた槌つち。長さ九センチメートル、幅三センチメートルほどの桃の木や象牙ぞうげなどの槌に、五色の糸を通して垂らしたもの。邪気を払うとされた。

そうです。

要するに古代のお守りです。

インターネットで検索すれば綺麗なのがたくさん出てきます。(こんな感じ

どうやら卯槌の手作り体験みたいなものも開催されているようです。

ちょっと欲しいかも!


正月十余日のほど、空いと黒う曇りあつく見えながら、
さすがに日はけざやかにさし出でたるに、
えせ者の家の荒畑といふ物の、土うるはしうも直からぬ、
桃の木の若だちて、いとしもとがちにさし出でたる、
片つかたはいと青く、いま片つかたは濃くつややかにて蘇芳の色なるが日影に見えたるを、
いと細やかなる童の、狩衣はかけ破りなどして、髪うるはしきが登りたれば、
また紅梅の衣、白きなど引きはこえたる男児、
また小脛にて半靴はきたるなど、木の下に立ちて、
「我に毬打切りて」など乞ふに、
また髪をかしげなる童の、衵どもほころびがちにて袴なえたれど、
よき袿着たる三四人来て、
「卯槌の木のよからん切りておろせ。御前にも召す」など言ひて、
下ろしたれば、ばひしらがひ取りて、さし仰ぎて、
「我におほく」など言ひたるこそをかしけれ。
黒袴着たる男の走り来て乞ふに、
「待て」など言へば、木の下を引きゆるがすに、
あやふがりて猿のやうにかいつきて、をめくもをかし。
梅などのなりたるをりもさやうにぞするかし。

 

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